人を雇う場合、一定の要件を満たした事業所は社会保険の対象となり、法令にもとづき従業員を社会保険に加入させなくてはいけません。
社会保険には、雇用保険と労災保険(労働者災害補償保険、雇用保険と合わせて「労働保険」とも)、健康保険、介護保険、厚生年金保険の5つがあります。
社会保険に加入すると、当然のことながら保険料の負担がかかります。しかし社員が病気やケガのリスクを軽減することができるなど、安心して働いてもらえる環境を整備することができます。
この記事では、社会保険に加入することのメリット・デメリットを解説していきます。
目次
社会保険の対象になる事業所とは
社会保険の加入(適用)対象となる事業所のことは「適用事業所」といい、中でも法的に加入が義務付けられている会社のことを「強制適用事業所」といいます。
強制ではなく任意で社会保険に加入できる事業所は「任意適用事業所」と呼ばれ、従業員の過半数の同意があれば申請ができます。
各社会保険について、要件などを見ていきましょう。
労災保険
労災保険は、従業員が仕事中に負ったケガや業務が原因で病気になった場合などに補償を受けられる制度です。
保険料は全額、会社側が負担します。
従業員を1人でも雇っている会社は、労災保険への加入が義務付けられています。
この従業員とは、事業主に「使用され、賃金を受けている人」であり、契約社員やパート・アルバイト、日雇などを含むすべての雇用形態の人が対象です。
「請負」など雇用関係のない人や、労働者でない会社の代表者、役員などには適用されません。
ただし、中小企業の事業主やいわゆる「1人親方」など、実質的に従業員と同じ業務を行っていると認められる場合に限り、労災保険に加入できる「特別加入制度」もあります。
また、例外として個人経営の農林水産業で従業員が5人未満の場合には、強制適用事業所にはなりません。
雇用保険
雇用保険は、従業員が失業した場合などに給付が受けられる制度です。保険料は会社側と従業員の両方で負担します。
次の2点を満たす従業員を1人でも雇う場合には強制適用となります。
- 週の所定労働時間が20時間以上である
- 31日以上にわたって雇用する見込みがある
「雇用される側」が被保険者となるため、原則として事業主や役員は加入できません。ただし、労災の場合と同じく業務の実態で労働者としての役割が大きい場合には適用となる場合もあります。
健康保険と介護保険
健康保険は、従業員やその家族が病気やケガなどをした際に自己負担額を軽くしたり各種手当金などが受けられる制度です。
介護保険は、介護が必要になったときに介護サービスを受けられる制度で、40歳以上の人が被保険者となります。
保険料はいずれも、会社側と従業員が折半して負担します。
健康保険と介護保険は、株式会社など法人事業所の社長や役員も常勤であれば強制適用になります。従業員がいない場合でも加入しなくてはなりません。
ただし従業員が被保険者となるかどうかは、労働時間などにより異なります。フルタイムの従業員は全員が対象です。短時間労働者でも、場合によっては適用となります。詳しくはこのあと紹介します。
法人でなく個人事業の場合には、製造業や土木建築業など指定の業種で、かつ家族以外の従業員が常に5人以上いる場合に適用事業所となります。ただし事業主とその家族従業員には適用されず、国民健康保険に個人で加入する必要があります。
適用事業所以外でも、労使の合意があれば任意で加入可能です。
厚生年金保険
厚生年金保険は、年金の受給年齢になったときや体に障害が残った場合には本人が、本人が亡くなったときには遺族が給付を受けられる制度です。
保険料は会社側と従業員が折半で負担します。
健康保険と同じく、年金も法人の事業所はすべて強制適用事業所となります。
個人事業の場合には、指定の業種かつ従業員が常時5人以上であれば強制適用事業所、5人未満であれば任意適用事業所です。個人事業主は被保険者とはなりません。
短時間労働者への対象拡大について
パートタイムなど正社員でない人でも、週の所定労働時間と月の所定労働日数が正社員の4分の3以上あれば、健康保険や厚生年金に加入させる必要があります。また、次の要件を満たす短時間労働者も、加入対象となるよう徐々に制度内容が変更されています。
- 週の所定労働時間が20時間以上である
- 1年(2024年10月からは2カ月)以上の雇用が見込まれる
- 月の賃金が88,000円以上である
- 学生でない
上記の加入義務の拡大は、従業員数501人以上の企業には2016年10月から適用されています。また、2022年10月には101人以上の企業、2024年10月からは51人以上の企業も適用対象です。
短時間労働者の場合、配偶者などの扶養に入るためなどの理由で社会保険への加入をしたくないという人がいるかもしれません。しかし条件に当てはまれば加入は義務であり、選ぶことはできません。対象者を加入させないことで会社が義務違反とならないよう注意が必要です。
社会保険適用のメリット・デメリット
前述のように、社会保険に加入すると保険料は会社側の全額負担、もしくは半額負担が必要なので、経済面だけを見るとデメリットが目立ちます。
しかし、従業員を社会保険に加入させることは、安心して働ける環境を整えることでもあり、社会的な役割を担うことでもあります。
要件を満たせば法的に義務付けられているものであり、一人ひとりの貧困の予防と「助け合い」の性質を持つのが社会保険です。そう考えれば「デメリット」という考え方自体がなじまないかもしれませんが、ここでそれぞれのメリット・デメリットを改めて把握しておきましょう。
労働保険(労災保険・雇用保険)
労災保険のメリット
従業員が業務中にケガをした場合や、業務が原因で病気になった場合、労災保険から医療費などが出ます。
労働基準法では、業務により従業員がケガをしたり病気になった場合には使用者がその費用を負担し、休業補償をすることが義務付けられています。健康保険は原則として業務外の理由による病気やケガでなければ使えません。
つまり、労災保険に入っていなければ、業務上のケガなどによる治療費等は会社がすべて負担することとなり、多額の支出が必要となるでしょう。治療費が高額になれば、補償しきれない可能性もあります。
雇用保険のメリット
雇用保険に加入していることで、従業員は退職したときに失業手当を受けることができます。
これは従業員側のメリットでもありますが、経営不振などでやむなく解雇などをせざるを得なくなった場合には、雇用主としても安心材料になるでしょう。
加入することによるメリットというよりは、加入しないことのデメリットが大きいと考える方がよいかもしれません。
労災保険のデメリット
労災保険料は前述のようにもともと事業主の負担を抑えるためのものなので、保険料の全額を事業主が負担しなくてはいけません。保険なので、労働災害が何も起きなくても保険料の負担は必要です。
また、雇用保険をあわせた労働保険のデメリットとして、会社側には「年度更新」と呼ばれる手続きが必要なことも挙げられます。年度更新は、毎年6月~7月に翌年3月までの概算保険料を納めること、前年の賃金実績にもとづき納入した概算保険料との差額を精算することです。
雇用保険のデメリット
雇用保険は、保険料を事業主と従業員の両方で負担します。しかし失業などの際の給付のほか、雇用の安定や能力開発も担う制度のため、従業員よりも会社側の負担が大きくなっています。
また、手続き上の負担もあります。初めて従業員を雇うことになったら、ハローワークに手続きを行います。新たに従業員を雇ったときや、従業員が退職した場合にもその都度手続きが必要です。手続きは、ハローワークに出向いて行わなくてはなりません。
ちなみに、加入のデメリットとはやや異なりますが、従業員が退職した場合には離職証明書を提出する必要があり、離職理由が事業主都合か本人都合かを伝える欄があります。
その部分の主張が当人と異なれば、聞き取り調査などが行われます。また、解雇等があった場合には、雇用関係の助成金の申請が一定のあいだ行えない可能性もあります。
健康保険・介護保険
健康保険のメリット
健康保険では、被保険者やその扶養家族がケガを負ったり病気になったりした際、当人に医療費の補助があります。医療費を自費で支払うと高額になるため、従業員の経済的・精神的負担を軽減できるのは事業主にも大きなメリットと言えます。
会社で健康保険に入ることにより従業員の保険料は半額で済み、出産手当金などの給付もあります。そのため「社会保険に加入できる事業所である」ということは、求人募集をする際にも求職者への大きなアピールとなるでしょう。
法人の場合には社長や役員も被保険者として加入できることもメリットと言えるでしょう。
介護保険のメリット
介護保険では、本人が要介護認定をされた場合に介護サービスを受けることができます。しかし要介護状態になった時点で退職している可能性も高く、将来的なメリットはあるものの直接的なメリットはあまりないようにも思えます。
しかし、介護保険制度により必要な人が介護サービスを受けられることで、大きな視点でのメリットもあります。親などの介護のために仕事を休んだり辞めたりしなくてはならないケースが問題となっている現代、優秀な従業員に辞められることは会社にとってもダメージとなるでしょう。その事態を避けられる可能性もあるのです。
健康保険・介護保険のデメリット
健康保険・介護保険は、会社側が保険料の半額を負担しなくてはならず、従業員が多いほど経済的な負担が大きくなります。
保険料は従業員の給与の額によって異なるため、毎年7月に4月~6月の3カ月分の給与の平均から標準報酬月額を出さなくてはなりません。また、昇給などにより大幅に報酬額が変わった場合には、時期に関わらず見直し、変更なら変更届を出すなどの手間もかかります。
また、雇用保険などと同様、従業員が増えたり減ったりするたびに手続きを行う必要があります。
厚生年金保険
メリット
厚生年金保険の保険料も、健康保険と同様に会社と従業員で折半して払います。厚生年金は、国民全員が加入する国民年金の二階建て部分として保障が手厚くなっていることから、被保険者が将来受け取る年金の額が国民年金より高くなるメリットがあります。
また、後遺症などを負った場合には本人に障害年金が、本人が亡くなった場合には遺族年金が支給されます。
健康保険・介護保険と同様、法人であれば常勤の社長や役員でも加入できるので、上記のメリットが同様に受けられます。
従業員を上記の各種保険と厚生年金に加入させる企業は、求人票に「社会保険完備」と書くことで、人材が集まりやすいことも利点となるでしょう。
デメリット
厚生年金に加入することで生じるデメリットといえば、健康保険などと同じく費用の負担があること、そして社員の入退社に伴う事務作業が必須なこと。
個人事業の場合には事業主は加入できず、国民年金となるため年金額が比較的少なくなることが挙げられます。
社会保険に加入するときの手続き
メリット・デメリットに関わらず、適用対象となれば加入の必要性が生じます。
事業を始める際や会社を設立するとき、従業員の人数増えたときなどには、社会保険の適用事業所に該当するかどうかを確認、該当すれば速やかに手続きを行いましょう。
それぞれの保険について、手続きをする場所や方法などを見ていきます。
労働保険(労災保険・雇用保険)
労働保険(労災保険・雇用保険)の適用事業所になった場合には、労災保険に関しては管轄の労働基準監督署(労基署)、雇用保険についてはハローワークに必要書類を提出します。
手続きは、対象となる従業員を雇い新たに適用事業となった日の翌日から10日以内に行わなくてはなりません。
まず、労災の手続きで次の2点を労基署に提出します。
- 労働保険関係成立届
- 労働保険概算保険料申告書
そして、ハローワークには次の書類を出します。
- 労働保険関係成立届(事業主控え)
- 労働保険概算保険料申告書(事業主控え)
- 雇用保険事業所設置届
- 雇用保険被保険者資格取得届
また、法人の場合は登記事項証明書の原本、個人事業主の場合は事業主世帯全員の住民票の写し(原本)、不動産登記記載証明書など事務所が実在することを確認できる書類や、営業許可証など事業の実態を確認できる書類なども提出する必要があります。
従業員を被保険者とする手続きには、労働者名簿や雇入通知書といった雇い入れ日を確認できる書類と、パートなどの場合は労働条件が確認できる書類も必要です。
健康保険・介護保険・厚生年金
強制適用事業所の条件に当てはまる場合には、新規適用の手続きが必要です。手続きは5日以内に必要書類を日本年金機構の事務センターに郵送あるいは持参、電子申請のいずれかで行います。
この際の提出書類には「健康保険・厚生年金保険新規適用届」のほか、法人の場合は法人登記簿謄本(原本)、強制適用となる個人事業所であれば事業主の世帯全員の住民票(コピー不可)が必要です。
保険料の口座振替を希望する場合には、金融機関の届出印を押した「健康保険・厚生年金保険保険料口座振替納付(変更)申出書」も提出します。
対象者を被保険者とする手続きには、一人ひとりに対する「被保険者資格取得届」の提出が必要です。扶養家族がいる場合には「被扶養者(異動)届」や場合によっては「国民年金第3号被保険者関係届」も必要です。
健康保険と厚生年金保険の届け出は同じ書式となっており、同時に手続きできます。
まとめ
社会保険は、条件に当てはまれば必ず加入しなければいけない制度です。
保険料の負担のほか、毎年の保険料の計算、従業員の入退社ごとに必要な資格取得・喪失の手続きなど、作業的な手間も会社側にはデメリットといえるかもしれません。
しかし、従業員を守るという面で見れば事業主にも社会保険のメリットはあると言えるでしょう。
法人となれば、自分1人の会社でも加入しなければいけない保険もあります。加入もれのないよう気を付けてください。