2016年度の税制改正を契機に、役員報酬のスタイルとして「譲渡制限付株式(RS=Restricted Stockの略)」を選択する企業が増えています。
例を挙げれば、2020年6月の株式会社ニチレイ、2020年7月の小松製作所など、報酬制度として、譲渡制限付株式報酬制度を導入したニュースは引きも切りません。
それもそのはずで、2020年に入ってから前年度比50%を超える増加率を示しており、年末には1,000社を超す勢いです。
なぜ今、これほどまで企業の譲渡制限付株式の導入が増加しているのでしょうか?
その理由をまとめてみました。
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目次
いまなぜ譲渡制限付株式なのか?
大きな契機となったのは2016年度の税制改正です。
役員報酬にインセンティブ型報酬の導入を促進することにより、企業の成長を、ひいては日本の株価向上を目的とした施策のひとつです。
この改正により、一定料の譲渡制限付株式には法人税法上の「損金算入」が認められるようになりました。
この節税効果が多くの企業の関心を引き、相次いで導入する企業が増加しているのです。
役員モチベーションアップの狙い
企業によってはプロパー社員ではなく、外部からの役員を誘致する場合も往々にしてあります。
取締役などの役員に、中長期にわたって自社株を保有させることで、株主目線での経営を促すことが可能です。
またインセンティブ報酬によって、業務へのモチベーションを高める効果も期待できます。
そのほかにも、会社にとって不利益な人物の株式買い占めを防げる、など買収工作防止策としても有効であると考えられています。
この記事では、譲渡制限付株式の特徴、そして株式の譲渡制限を設けることのメリットやデメリットを中心にお伝えします。
譲渡制限株式の特徴
一定期間売却できない株式である
譲渡制限付き株式は、その名のとおり一定期間、売却すなわち譲渡することができない株式です。
(売買対象者を制限する場合もあります。乗っ取り防止のための譲渡制限付株式を導入するケースが該当します)
役員などに一定の譲渡制限期間を設けた株式(報酬分の株式を新たに発行する、もしくは保有する自社株)を割り当て、定められた期間経過後に譲渡制限を解除するというものです。
株価が向上すれば自身の報酬も増加するわけですから、少なくとも役員としてつとめる期間中は、株価上昇モチベーションのアップにつながることが期待できます。
受け取る側が議決権を持つことができる株式である
株価が上がれば、自身の報酬額もアップするわけですから、報酬を受け取る側のモチベーションアップになることは言うまでもありません。
またみずからも株主になることで、株主が有する議決権、配当請求金や開示請求権を行使する権利を得ることになります。
一定の要件を満たせば損金計上できる株式である
税法上の特定譲渡制限付株式には、次のような条件が求められています。
1.一定期間の譲渡制限が設けられている
2.勤務条件もしくは業績条件が達成されない場合は無償で没収される
3.役員職務の大家としての債権の給付と引換えに交付される
4.直接に保有する親法人の株式である
さらに下記の条件を満たした特定譲渡制限付株式で、損金算入が可能となっています。
- 条件1.役員が当初一括で譲渡制限付株式を受け取り、決められた期間および実績に応じて譲渡制限を解除すること
- 条件2.職務執行の初日(株主総会の日)から一月以内に株主総会などで定められた報酬額が交付されること
譲渡制限付株式がもたらす企業側のメリット
役員報酬の損金算入が可能になる
従来のインセンティブ報酬では、報酬類型によって損金算入ができないものもありました。
2016年度の税制改正によって、類型の違いによらず、一定要件を満たせば損金算入ができるものと決定されました。
例えば以下の例が挙げられます。
譲渡制限付株式報酬
(譲渡制限を付与した株式。役員報酬の給付体系として主流になりつつある)
※要件を満たすことで事前確定届出給与として届け出不要で損金算入が可能
ストック・アプリシエーション・ライト
(株価が予定価格を上回った場合、差額価相当のキャッシュを役員に交付すること。役員に大量に発行株が発行されるストックオプションと比較すると、株式数は増加しないので株単位の価値は下がらないメリットがある)
※日産自動車が導入(2003年導入 2019年廃止)。
西川前社長やカルロス・ゴーン被告が、役員報酬をかさ上げしたことで一躍知られるようになったキーワード。
特にカルロス・ゴーン被告は約50億円といわれる役員報酬のうち、40億円分をかさ上げしたとされている。
株式交付信託
(会社の拠出金により株式を取得した信託会社が役員に株式を交付すること)
パフォーマンス・シェア
(業績目標の達成度によって役員に株式を交付すること)
ファントム・ストック
(株価相当のキャッシュを役員に交付すること)
役員報酬の譲渡制限付株式も損金算入が認められるようになり、前述のとおり役員報酬に譲渡制限付株式を採用する企業が増加しています。
なお譲渡制限付株式は、事前交付型とあるいは事前交付型リストリクテッド・ストックと呼ばれています。
役員が職務執についた直後に譲渡制限が付与された現物株式を交付するからです。
中長期の株価上昇が目指せる
従来、日本国内における株式での役員報酬支給は、自社株を極端に割安な価格で購入できる「ストックオプション」が主流でした(伊藤園が行った一円ストックオプションが有名。現在ではほとんどの企業が廃止)。
しかし株価を向上させる経営のかじ取りを行う役員が、実績なしで確定したキャッシュの利益を受け取れることは、コーポレート・ガバナンス(企業統治)にそぐわないと批判が多くありました。
そこで株主の理解を得られかつ損金計上対象となったことから、株価が上昇することによって、自らの報酬が増える「譲渡制限付株式報酬」の導入が始まりました。
2020年9月現在において、国内上場企業の半数以上が役員報酬を譲渡制限付株式報酬に切り替えています。
会社に不利益となる人物による買収工作を防げる
実は譲渡制限を付与した株式発行という手段は、未上場の中小企業、家族経営企業の間では一般的な手法でした。
いわば身内で構成された会社に外部の人間が入ることを防ぎたい、つまり乗っ取り防止の観点から、株式の譲渡制限をもうける会社は珍しくありませんでした。
株式を売却できなくすることは、役員の退任や転職を防止する効果が期待できるからです。
つまり会社にとって不利益な人物が経営にタッチする、というリスク防止につながります。
創業者一族が全権を維持したいと考える場合、全株式が譲渡制限付株式(非公開会社と呼ぶ)というケースも少なくありません。
そんな場合にも譲渡制限付株式は役立つ手段です。
また株式の分散を防ぐことによって、のちに事業を継ぐ後継者に株式を集中させることも容易になります。
譲渡制限付株式がもたらす企業側のデメリット
株式買取請求権を利用した会社乗っ取りリスク
譲渡制限付株式を所有するものから株式買い取り請求があった場合、会社は要求に応じる義務があります。
そこで買取価格を交渉するのですが、決裂した場合は裁判所に買取価格決定の申し立てをすることになります。
万一、決められた株式の買取代金を準備できなかった場合には、新たな株主の介入リスクが生じます。
また逆に会社が株式の売渡請求を行使することで、特定の役員や従業員を会社から追い出すケースもあります。
後から株式譲渡制限を設定するのは大変
譲渡制限付株式を導入するなら、会社の設立時に決定しましょう。
具体的には原始定款(設立時に公証人に認証を受けた定款)に「当社の株式を譲渡により取得するには、取締役会(株主総会)の承認を受けなければならない」という一文を記載するべきです。
後に、定款を変更して株式の譲渡制限を定めるには、非常に煩雑な手間がかかります。
まず株主の理解を得るべく「株主総会の特殊決議」など、株主の賛意を求める必要があります。
反対の立場の株主は会社法によって、「株式買取請求(所有する株式を公正価格で買い取ることを会社に請求する権利」を持っています。
これらを踏まえたうえで、株式譲渡制限の導入に踏み切るべきです。
譲渡制限付株式で役員側にもメリットがある
株主と同等の権利を有することができる
譲渡制限付株式とはいえ、実際に支給されるのは現物株式と変わりはありません。
つまり自社株が支給されることになるので、配当請求権や議決権も行使することができます。
インセンティブ効果が期待できる
譲渡制限付株式は報酬として給付されることから、受け取った時は当然代価を支払う必要はありません。
無償ということは「株価=報酬」であることを意味します。
株価が低迷したとしても「ゼロ」になることはありませんから、最低限のインセンティブ効果が保障されています。
かつ役員の経営手腕によって株価が上昇すれば、報酬増加となります。
株式の譲渡制限の導入にはあらゆるケース想定が必須
ここまでご紹介してきたように、株式の譲渡制限にはメリットも大きいもののリスク想定が必須であることも念頭に置く必要があります。
もう一度、株式の譲渡制限についてのメリットをまとめておくと、以下の通りです。
1.役員報酬の損金算入が可能になる
2.中長期の株価上昇が目指せる
3.会社に不利益を与える人物による買収工作を防げる
このように大企業にとっても、家族経営スタイルの中小企業にとっても、メリットの大きい株式の譲渡制限が役員報酬体系や事業コントロールの主流となるのは、自然な流れといえるでしょう。
まとめ
しかし他社が介入するなどのリスクが全くなくなるわけではありません。
たとえ株式の譲渡制限をもうけていても、譲渡承認請求と買取請求によって、買い取り資金を捻出できなかった場合、結果として株式譲渡が成立してしまうことを忘れないでおきたいもの。
株式の譲渡制限の導入によって大きなメリットを得られますが、十分なリスクへの備えが必要です。