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給与計算上の「賞与」とは
日本の企業の多くは、夏と冬の2回、従業員に対して賞与を出しています。
(その他にも年度末に決算賞与を出す企業もあります)
従業員としてはうれしいイベントですが、雇用主である企業としては、賞与を出すたびに発生する給与計算事務をしっかりと行う必要があります。
具体的には、賞与の金額に応じて社会保険料や税金を正しく控除し、公的機関への納付や報告を適正に行う義務が生じることを理解しておきましょう。
以下では、賞与を出す場合に必要となる給与計算の特殊な事務について、具体的な事例をあげながら解説いたします。経理を担当している方や、経営者の方はぜひ参考にしてみてください。
賞与と通常の給与の違い
日常会話で賞与(ボーナス)といったときには、「夏や冬にまとめてもらえるお給料」というイメージがあります。しかし、法律のルールでは賞与と毎月のお給料とでは様々な点で扱いが異なることに注意が必要です。
給与や賞与といった言葉は、どのような計算を行うかによって意味合いが異なります。
例えば、健康保険や厚生年金といった社会保険料の計算を行う際には、給与と賞与とを区別し、それぞれの支給額から保険料の金額を計算する必要があります。
一方で、所得税や住民税といった税金計算を行う場合は「給与所得」として所得金額を計算する必要があります。その際、給与や賞与は特に区別することなく合算するため、給与と賞与を区別する意味があまりありません。
(ただし、源泉所得税の計算を行う際には給与と賞与は分けて考えます)
給与計算事務について説明している書籍やウェブサイトでは、それぞれの文脈で「賞与」や「給与」という言葉を使い分けていますから、ご自分が知りたい情報に合わせて読み替えて理解する必要があります。
決算賞与について
多くの企業では、夏と冬の2回に分けて賞与を支給していますが、中には年度末前後に決算賞与として賞与を支給するケースもあるでしょう。
所得税や住民税の計算ではこれらも給与所得の金額に計算すれば問題ありません。
一方で、健康保険料や厚生年金保険料の計算にあたっては、「年3回以下の回数で支給されるもの」が賞与とみなされます。
そのため、もし決算賞与その他の名目で支給される賞与が年に4回以上ある場合には、4回目以降の支給額は社会保険料の計算上は「賞与」ではなく、通常の月次給与としてみなされる点に注意が必要です。
(社会保険料の計算方法については後で具体的に説明しますが、上のケースでは7月以降~翌年6月までに支給された賞与合計額を12等分した金額を、標準報酬月額に加算して社会保険料を計算することとなります)
賞与の計算事務を誤るとどうなる?
法律上、給与や賞与は従業員本人に現金で全額支給しないといけないというルールになっていますから、もし社会保険料や税金の控除額が多すぎた場合には、「賃金の一部未払い」という状態になってしまいます。
もっとも、計算間違いが早期に発覚した場合には、翌月の給与に加算して清算するなどの措置をとることができますから、大きな問題とはならないでしょう。
しかし、会社側で計算間違いに気づかず、従業員が退職時などに過去の計算間違いをまとめて指摘してきたようなケースでは、思わぬ出費がかさんで会社の資金繰りに影響が出るケースも考えられます。
また、従業員の立場としては、勤務先の会社が「給料や賞与の支払額を計算間違いしていた」という事態は非常に不安に感じるものです。
頻繁に計算間違いが生じるようでは従業員の勤務先への信頼感を損ねることにもなりかねません。 給与計算に関する事務手続きでは細心の注意を払う必要があります。
賞与と就業規則
結論からいうと、就業規則や労働契約によって賞与の支給条件が定められている場合には、雇用主はその支給条件に従って従業員に賞与を支払わなくてはなりません。
具体的には、会社の業績が悪くて賞与の支給がままならないような場合でも、就業規則に賞与支払のルールが定められている場合には、雇用主に賞与支給の義務があるのかが問題発生時の争点となります。
ただし、以下のような内容のルールをあらかじめ設けている場合には、状況に応じて賞与を支給するかしないかを雇用主の判断で決めることが可能となります。
- 賞与を支給すべき従業員であるか否かの判断は、原則として毎年〇月×日時点において在職しているかによって判断する(ただし、試用期間中の者は除く)
- 支給する賞与の金額は、賞与支給日における会社の業績や社員の勤務成績・勤務態度を考慮して、雇用主が決定する
このように、就業規則の定め方によって、会社経営のリスクに大きな影響が出るケースは少なくありません。
これから従業員を雇用するという方や、あらたに就業規則を定めるという方は、どのような内容で就業規則を定めるべきかについて専門家のアドバイスを受けるようにしてください。
賞与についての給与計算事務
従業員に対して支給する賞与は、通常の賃金(毎月支払うお給料)と同様に、税金や社会保険料を天引きして、雇用主が代わりに納めなくてはなりません。
社会保険料として健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料の3つ、税金として所得税の1つ(住民税は賞与からは天引きする必要はありません)の控除が必要です。
以下では、賞与支給時の給与計算事務の内容について解説いたします。
社会保険料の控除
従業員に対して賞与を支給する場合、健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料の3つの社会保険料を支給額から天引き(控除)しなくてはなりません。
賞与から控除する社会保険料の金額は、以下の計算式によって計算を行います。
賞与の社会保険料=標準賞与額×保険料率
標準賞与額とは、実際に支給した賞与額から1000円未満を切り捨てた金額をいいます。
(ただし、社会保険料のうち「雇用保険料」については、1000円未満の切り捨てをせず、実際に支給した金額をもとに保険料を計算します)
保険料率(健康保険料率と厚生年金保険料率)は、全国健康保険協会が毎年改定していますからホームページ上で、事業所を置いている都道府県別に最新の料率を把握しておきましょう。
例えば、平成31年度の東京都の健康保険料率は9.90%、厚生年金の保険料率は18.30%、雇用保険料の保険料率は1000分の3(一般の事業の場合)です。
そのため、賞与の支給額が60万円だったとすると、賞与から控除する社会保険料はそれぞれ以下のように計算できます。
※なお、健康保険料と厚生年金保険料は雇用主と従業員とで折半(2分の1)ずつ負担します。
- 健康保険料の金額=60万円×9.90%×2分の1=2万9700円
- 厚生年金保険料の金額=60万円×18.30%×2分の1=5万4900円
- 雇用保険料の金額=60万円×1000分の3=1800円
これらの合計額を賞与支給額から差し引きしますので、60万円-(2万9700円+5万4900円+1800円)=51万3600円が「社会保険料控除後の賞与の金額」ということになります。
源泉所得税の控除
従業員に対して賞与を支給する際には、法律で定められた所得税(源泉所得税)をあらかじめ差し引きして、雇用主が代わりに税務署に納めなくてはなりません。
賞与から控除する源泉所得税の金額は「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」を用いて算出するのが原則です(賞与の金額が毎月の給与の10倍を超えるような場合には、計算方法が異なります)
「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」は国税庁のホームページで閲覧できますので、最新のものを参照しましょう。
具体的な計算方法は以下の通りです。
- 賞与を支給する前の月の給与から社会保険料を控除します
- 上の「社会保険料控除後の給与の金額」と、従業員の扶養親族等の数を「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」に当てはめます
- 支給する賞与から社会保険料の金額を控除し、その額に対して上の「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」で把握した税率をかけ算します
例えば、賞与支給月の前月のお給料が30万円だった場合、社会保険料控除後の金額は以下のように計算できます。
社会保険料 | 賞与支給月の前月のお給料 | 300,000円 |
前月のお給料の健康保険料 | 300,000円×9.9%×1/2=14,850円 | |
前月のお給料の厚生年金保険料 | 30万円×18.3%×2分の1=27,450円 | |
前月のお給料の雇用保険料 | 300,000円×3/1000=900円 | |
社会保険料控除の後の金額 | 300,000円-(14,850円+27,450円+900円)=256,800円 |
この人の扶養親族等が奥さんと子供1人の2名だったとすると、「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」に当てはめると、賞与の金額にかけ算する税率は2.042%であることが分かります。
これに賞与の支給金額から社会保険料を控除した金額(上で計算したように、賞与60万円の場合は51万3600円となります)をかけ算すると、以下のように賞与から天引きする源泉所得税の金額を計算できます。
51万3600円×2.042%=1万487円
賞与支払届の提出
上のようにして計算した控除額を差し引きし、従業員に対して賞与を支給した場合には、その支給から5日以内に「被保険者賞与支払届」という書類を年金事務所に提出しなくてはなりません。
年金事務所がこの書類を受理すると、翌月以降の保険料の納入通知書が新たに送られてきます(支給した賞与の金額を加味した金額になっています)
控除した社会保険料・源泉所得税の納付
上で計算した内容をまとめると、毎月のお給料が30万円(扶養親族等3人)、支給する賞与額が60万円である人の場合、以下のように社会保険料と所得税を控除しなくてはなりません。
- 健康保険料:2万9700円
- 厚生年金保険料:5万4900円
- 雇用保険料:1800円
- 源泉所得税:1万487円
雇用主は従業員から預かったお金を使って、年金事務所に対して健康保険料や厚生年金保険料の納入を行います。
なお、源泉所得税は翌月10日までに税務署に納め、雇用保険料は毎年1回「年度更新」という手続きによって納めることになります。
賞与に関する給与計算事務が面倒…という方へ
以上、賞与に関する給与計算事務の内容について解説してきました。
ここまで読まれた方の中には、「こんなに面倒な手続きが賞与を出すたびに発生するなんて面倒…」「自社内で適切に処理できるか不安」と感じてしまった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そのような方におすすめなのが、「経理代行」のサービスを活用することです。
経理代行とは、会計ソフトへの入力や確定申告業務の代行といった、従来の「記帳代行サービス」からさらに進んで、会計処理や給与計算に関する事務のすべてを丸投げで代行してもらえるサービスです。
今回解説した賞与に関する給与計算事務についても、そのつど適切に処理してもらうことが可能となります。
経理代行を使えば、専門スタッフを雇用するのと比べて非常に安いコストで給与計算に関する事務を処理できるようになります。
「給与計算についての専門知識を持ったスタッフを雇用したいけれど、人件費コストを考えると…」とお悩みの経営者の方は、ぜひ経理代行の活用を検討してみてください。
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まとめ
今回は、賞与を支給する際の給与計算に関する法律ルールについて解説いたしました。
従業員に賞与を出すことができるのは、経営がうまくいっている証拠ですから、経営者としてもやりがいを感じられる瞬間でもあります。
一方で、賞与支給時には複雑な給与計算のルールがあることに注意が必要です。
もし計算間違いがあると、「せっかくもらえた賞与なのに、税金や社会保険料を間違えてたくさん取られていた…」と従業員としては気分が良くないものです。
せっかく支給する賞与ですから、気持ちよく受け取ってもらいたいですよね。
自社内で給与計算を正確に行うことに不安がある…という方は、本文で紹介した経理代行のサービスを活用することもぜひ検討してみてください。