起業における「自己資金」とは、事業に使うために自分で用意できるお金のことをいいます。
一般的には、自己資金だけで事業運営に必要な額をまかなえるケースは少数派。多くの場合、自己資金だけでは足りないため、融資などで不足分を調達することとなります。
融資を受けるなら自己資金はゼロでもいいのかというと、そうではありません。ある程度の自己資金は用意しておかなければ、融資審査には通らないのです。
そこでこの記事では、起業に必要な自己資金について、自己資金と認められるのはどんなお金か、また自己資金にはいくらぐらいを用意しておけばいいのかなどについて解説します。
目次
起業時には準備すべき3つの「資金」がある
自己でまかなうかどうかはさておき、起業時に必要なお金として大きく3つの資金が挙げられます。それは「設備資金」と「運転資金」、そして当面の「生活資金」です。
まずはそれぞれにどんな費用が含まれるのか見ておきましょう。
起業に必要な設備資金の内訳
設備資金は、事業を始めるのに必要な設備を揃えるためのお金です。
- 事務所や工場・店舗などの建築・修繕費あるいは入居費用
- 工場機械・厨房機器、車両などの購入費用
- 電気・ガス・水道、空調やインターネット回線などの整備費用
- パソコン・電話機・複合機、事務用品の購入費あるいはリース契約料
大きな負担となるのは、店舗や事務所などの場所を確保するための費用です。賃貸するのであれば敷金や礼金、新築となれば設計費や建築費で多額の費用がかかります。
飲食店を開業するのであれば、店舗や厨房機器のほか、食器や客席用の家具などさまざまな物が必要です。
一方、自宅でパソコン1台あれば完結するような仕事であれば、設備費用といってもかなり少額で済むでしょう。
個人でなく株式会社を立ち上げる場合には、このほかに定款の認証や登記にかかる費用として約25万円が必要です。
会社設立の費用について詳しくは、こちらの記事で解説しています。
起業に必要な運転資金の内訳
運転資金は、事業を継続して進めるためのお金です。次のような目的で、月々など繰り返しの出費が必要です。
- 事務所や店舗の家賃
- 商品や材料などの仕入れ費
- 水道光熱費
- 広告宣伝費
- 人件費
- 外注費
- 文具や名刺、包装資材などの消耗品費
- 税金
中でも、売上額に関わらず必要となる家賃や人件費などを固定費といい、固定費の額が小さいほど利益が得られやすい状態になります。
生活のための資金も不可欠
起業に直結する費用でないため忘れられがちなのが、自身と家族の生活費です。生活資金も必ず考慮して資金の用意をしてください。
家賃や水道光熱費、食費や教育にかかるお金などのほか、サラリーマンでなくなった場合は国民年金や国民健康の保険料なども全額が自己負担となります。
自己資金として用意すべき金額の目安
結論から言ってしまえば、起業に必要な資金の額は興そうとする事業の種類や規模などによって大きく異なるため一概には言えません。
例えば同じ飲食業の店でも、一般的には1000万円~2000万円は必要とされていますが、カフェやバー、テイクアウトの店など小さな店舗であれば500万円ほどから開業可能です。
前述のようなパソコン1台で完結する仕事であれば、パソコンやソフトウェアの購入費、インターネット環境の整備費用だけで済むでしょう。
規模のみならず、例えばターゲットが富裕層であれば使うものの品質も高くなり、費用も高くなるでしょう。個人事業主か法人(会社設立)か、従業員を雇用するかどうかなどによっても必要な金額は違ってきます。
開業した人の実態調査で見る自己資金の額
「必要な自己資金の額は一概には言えない」は事実ですが、それでは何も見えてきませんよね。実際に開業した人の実態について調査したデータを見てみましょう。
日本政策金融公庫が公表している「2021年度 新規開業実態調査」では、開業資金と費用調達についてもアンケートを実施しています。
開業費用の中央値は580万円
調査によると、開業費用の額として最も多いのは「500万円以下」の割合で42.1%。次に「500万円~1000万円未満」の割合が30.2%と多くなっています。
開業費用の平均は941万円ですが、極端な高低額に左右されない中央値で見ると580万円です。
2015年度の調査では平均が1205万円、中央値が720万円であり、少額で開業する人が年々増えていることがわかります。
融資で調達した資金は7割弱
資金調達についての調査結果を見ると、開業時の資金調達の平均額は1177万円。2016年度の時点では1433万円で、その後も減り続けています。
このうち、自己資金が占める割合は平均で282万円。調達した資金全体の23.9%を占めています。
資金調達先として最も多いのはやはり金融機関からの借入で、平均が803万円。これは平均調達額の68.3%を占めています。
自己資金と金融機関からの借入、これで全体の約9割を調達しているという結果でした。
2021年度 新規開業実態調査(アンケート結果の概要)|日本政策金融公庫
融資を受ける上での自己資金額の目安
起業時に金融機関からの融資を受けるには、ある程度は自己資金を用意しておく必要があります。では、金融機関からの融資を受けるのに必要な自己資金はどれくらいを目安とすればいいのでしょうか。
創業時によく利用される日本政策金融公庫の「新創業融資制度」と、地方自治体と信用保証協会と金融機関とが連携して融資を行う「制度融資」について見ていきましょう。
日本政策金融公庫の新創業融資制度
融資を受ける際に必要な自己資金の額について、日本政策金融公庫が行う無担保・無保証人の「新創業融資制度」では、要件の1つに「創業資金総額の10分の1以上の自己資金」を挙げています。
ただ実際には、創業融資で受けられる金額は自己資金の3倍程度というケースが多くなっています。100万円の自己資金であれば、借りられるのは300万円程度ということです。
自己資金が少なければ、借りられたとしても資金が足りない、あるいはそもそも借りられないという可能性も高いでしょう。
自己資金が足りない状況で、それでも創業時に融資を受けるには、返済能力の判断材料として事業計画書の内容から見える事業の将来性・収益性がより重視されます。
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自治体と信用保証協会、金融機関による制度融資
制度融資とは、各地方の自治体と信用保証協会、銀行が連携して融資を行うものです。信用保証協会が保証人の役割をし、銀行が融資を行います。
制度融資の条件は各自治体によってさまざま。参考例として、大阪府と愛媛県、そして北九州市の例を挙げておきます。
大阪府の「開業サポート資金」
大阪市による「開業サポート資金」では、事業開始前または開始後2カ月未満の人が申し込む場合には「自己資金が必要資金の5分の1以上あること」が条件となっています。
愛媛県の「創業関連保証」
愛媛県の「創業関連保証」では、自己資金は「不要」としつつも、創業計画を作成している段階の個人には「借入金額と同等以上の自己資金が必要」としています。
北九州市の「開業支援資金」
北九州市が行う「開業支援資金」では、必要とする資金の2分の1の自己資金を条件としています。
このように自治体によって必要とする自己資金の割合が大きく異なるので、必ず自身が起業する地域の情報を確認してください。
自己資金と見なされるもの・見なされないもの
融資を受ける場合、自分の元にある資金であっても自己資金と見なされるものと見なされないものがあるので、その点にも注意が必要です。
ここでその違いを見ておきましょう。
自己資金と見なされるもの
次のようなお金は自己資金と見なされます。
- 自分名義の預金
- 贈与されたお金
- 退職金
- 不動産などを売却して得たお金
ここで重要なのが、これを第三者の目から見て確実に当人が所有するお金であると判断できるかどうか。
最も確実なのは、自分の預金口座にある、以前からコツコツと貯めてきたお金です。
親や親類からまとまった金額が贈与された場合には、口座に振り込んだのが親や親戚などだとわかるよう、通帳に氏名が印字されるようにしておくとよいでしょう。
さらに贈与契約書など、「贈与」と分かる形で書面を残しておくこともポイントです。一時的に借りて口座に移しただけと見なされれば、自己資金とは認められません。
退職金についてはその明細書、不動産などをお金に変えた場合には売買契約書などを取っておく必要があります。
その他の場合にも、契約書など取り交わした資料で所有者が客観的に確認できれば、自己資金として認められるケースもあります。
自己資金と見なされないもの
一方、次のようなお金は自己資金とは見なされないので注意が必要です。
- タンス預金
- 口座への突然の多額の入金
- 返済義務のあるお金
特に気を付けたいのは、銀行口座に入れず現金として持っているお金、いわゆる「タンス預金」です。現金で持っているお金は、自己資金とは見なされません。
コツコツとタンスに貯めたお金なのか、それとも一時的に貸してもらっただけのお金なのか、第三者からは判断できないからです。
返済が必要なお金は自己資金には含められません。
また、融資の申し込みに近い日付で多額の入金があった場合も、いわゆる「見せ金」ではないかと怪しまれてしまいます。
「見せ金」とは、その場しのぎで誰かからお金を借りて資金があるように見せかけ、融資が決まったら返すような形で使われるお金のことです。
融資担当者に「これは間違いなく本人所有の資金」と確信を持ってもらえるよう、お金の出入りは通帳で記録が残るようにする、口約束でなく契約書を交わすなどしておきましょう。
創業時の融資と自己資金について注意すべきこと
創業時に受ける融資と自己資金との関係について、注意しておきたいこともあります。
自己資金不要の融資がいいとは限らない
融資を受けるのに自己資金が不要、と聞くと、良いことのように思えるかもしれませんが、負債額が大きければそれだけ返済の負担も大きいということ。
月々の負担が大きければ経営に支障をきたす可能性も高くなるため、自己資金なしで借りられるからといって手放しでは喜べないでしょう。
自己資金が融資審査のすべてではない
自己資金の額は確かに融資を受ける上で重視されていますが、自己資金以外にも融資審査に通るために必要なことはたくさんあります。
融資審査に通るのに必要なのは、「事業で十分な収益を得られ、借入金が滞りなく返済できる」と示すことです。
例えば、必要資金として算出した運転資金の売り上げ見込みなどの数字。これらは現実に即していなくてはなりません。
極端な話、計画書に創業1年目の売上見込みが「1億円」と書いてあったらどうでしょう。計画性がない、経営に必要な数字を読む力がない、などと見なされても仕方ありません。
経営能力は返済能力に直結するので、自己資金の額とは関係なく融資を断られる可能性も高いです。
融資の条件や額などについては、各金融機関や起業する地域の創業支援制度の内容をよく確認してください。
融資で調達できるのは事業にかかる資金のみ
「必要な設備資金+運転資金」の合計から自己資金を差し引いた金額が、融資で調達すべき金額です。
創業融資では、用途が「事業に関する資金」に限られます。そのため生活資金を含めることはできません。生活資金は、融資でいう自己資金とは別に用意しておきましょう。
設備資金は、物件の契約書や導入する機器の見積書などで金額が明確に出ます。
運転資金として用意しておくべき金額は、事業が軌道に乗るまで数カ月はかかると見て3~5カ月分が目安とされます。
融資審査では、この額を事業主本人がきちんと把握できているかどうかも重要なポイントの1つです。
融資の審査では、「いくら貸してくれるのか」ではなく「自分がいくら必要としているのか」を明確に伝えることも重要です。
融資に申し込む際は、必要な額とその根拠ははっきり示せるようにしておきましょう。
まとめ
起業する誰もがまず大きなハードルと感じるのが、資金の調達です。
自己資金として用意すべきお金は、開業にかかる設備費用と運転資金、そして当面の生活費です。足りない分は融資で補うこともできますが、融資を受けるにもある程度の自己資金は求められます。
融資を受けるにあたって一般的に持っておきたいとされる自己資金は、必要となる資金総額の3分の1程度。それ以下でも融資を受けられる可能性はありますが、自己資金不足を補うだけの完璧な計画を立てていたり、既に取引の実績があったりする必要があるでしょう。
自己資金といっても、現金で所有しているいわゆるタンス預金などは自己資金とは見なされないため、資金の出所をはっきりさせておくことも重要なポイントです。
結論としては、自己資金が多いほど融資も受けやすく、事業にも負担をかけず回していくことができるでしょう。
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